入倉伸夫のシニアライフⅡ

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蕨、戸田、川口、鳩ヶ谷の古を考えるー補助として

蕨市錦町5丁目付近から歩きながら、古を考える》

◇ 一六(いちろく)の市について (4 

中世における”市”の発達は、貨幣経済の浸透などにより商品流通も盛んとなり、南北朝・室町期には月のうち10日に一度開かれる三斎市が、戦国時代に入って戦国大名の領国経済基盤確立を意図した保護と統制によって、月に六度開かれる六斎市として発展していました

蕨の「一六の市」は一と六のつく日にあったのでしょう、蕨周辺の中世の市の発達を示す史料として見逃せないものに「武州文書」所収の大口村武助所蔵の「市場之祭文」(いちばのさいもん)があります

「市場之祭文」は、市を開くにあたり山伏などの修験者がつかさどった市祭りに際して、市の繁栄を願って神前で読み上げたものです、内容は市の起源から説き起こし、我が国の市や、武蔵国足立郡氷河(川)大明神の市名があげられ、各神社の境内や門前で市が開設され、市の守護神として市姫(いちひめ)が祀られていたとあります

この祭文の奥書に延文6年(1361年)9月9日に書かれたものを、応永22年(1415年)7月20日に書き写したとあり、さらに、末尾には武蔵国中部から東部にかけての33ヵ所の市名を列記しています

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